青山学院大学 理工学部

DEPARTMENT研究室紹介

小林祐一朗 助教

教員 小林祐一朗 助教
テーマ 社会経済物理、ネットワーク科学

研究内容

社会現象や生命現象に法則性を見出すことは普通、非常に難しいと考えられがちです。確かに、一人の人間の振る舞いを精度よく予測することは、ほぼ不可能だと考えてよいでしょう。しかし、一人一人の振る舞い方は様々であっても、人々の集団的な振る舞いには統計的規則性が見出せることがあります。例えば、レポート課題のように締切のあるイベントでは、締切までの日数と一日あたり提出数の間に簡単な式で書ける関係性があると報告されています [1]。このような社会・経済的現象は、多数の粒子(原子・分子)が集まったときに発生する物理現象と関連があると考えられ、粒子の統計的な振る舞い方をもとに物質の性質を考える統計物理学の方法論で考察することができます。こうした研究は「社会経済物理」などと呼ばれ、近年ますます大量に入手できるようになってきた社会経済データの分析に一役買っています。自分自身は、これまで日本企業の業績の時系列データを確率過程と見なしてモデル化するという、企業の業績予測につながる研究を行ってきました。最近は、企業間の取引関係や人間の交友関係のようなネットワーク現象にも興味を持っています。

確率過程としてモデル化する日本企業の業績データ

現代的な経済活動(特に生産活動)は主に企業単位で行われていると考えるのが適切でしょう。そのため、企業活動に関しては様々なデータが利用可能となってきました。それらのデータの解析から、企業の集団に関しても興味深い統計的規則性があることが知られており、そのメカニズム解明に関心が持たれています。例えば、多くの企業から年間売上や従業員数といった企業活動の規模を示すデータを集めてくると、それらのデータについては (i)「右側の裾野が冪(べき)分布する」[2,3]、(ii)「ある年度とその前年度との業績比率の対数が左右両側に概ね指数分布する」[4] といった性質があることが分かっています。しかも、そのような性質は地域によらず、それなりに普遍的に成り立つようです。しかし、これらの事実が成立する「理由」に関しては未知の部分が多くあります。特に (ii) が難問で、今までに様々な理論が提案されてきましたが、理論とデータとの食い違いがあったり、そもそも検証のためのデータが足りていなかったりして、決定的な理論といえるものが見つかっていません。

従来の研究では、売上なら売上だけ、従業員数なら従業員数だけといった形で、企業の業績を単独の指標で捉えようとすることが普通でした。自身の携わっている研究では、あえて複数の業績指標を同時に扱うことによって「潜在していたもの」が見えてくるはずという考えから、「売上」「従業員数」「直接の取引関係がある企業数」の3指標からなる3次元の時系列データを確率過程としてモデル化しようとしています。この研究の意外な副産物として、企業の業績変化の傾向が予測可能な場合があるという結果を得ることができました [5]。一方で、上で紹介した難問は当初考えていたよりもさらに難しいことが判明しています。ただ、これまで別々に考えられてきた企業の性質を統一的に扱うための方針は見えつつあり、現在の研究も、将来的には未解決の難問を解けるような発見につながっていくものと期待しています。

ネットワーク上でのコミュニティの形成原理

日常的な経験を振り返れば、人間集団の中に得てして「仲良しグループ」や「派閥」のようなものが形成されがちだということは納得しやすいと思います。人間関係のネットワークでは、通常は出自や性格、趣味などの個人的属性に基づいて、メンバーどうしで密なつながりのある「コミュニティ」が形成されると考えられています。このような意味でのコミュニティの形成は、人間関係に限らず、企業間の取引関係から神経細胞の結合関係に至るまで、ネットワーク現象において広く見られる現象です。このように、ネットワークの中でコミュニティが生じてくることは「あたりまえ」なのですが、意外にもコミュニティの発生に関する理論は未整備のままになっています。例えば、ある動物の群れの中で、個体間の親和的関係(人間でいう交友関係のようなものと考えられています)のネットワークが一定の原理に従って変化していくことが分かっているとします。このとき、群れの中でどのようなコミュニティがどれくらい発生するのかと尋ねられても、現時点では「シミュレーションをしてみない限りわからない」としか答えられないわけです。これは言い換えると、あるネットワークのデータが与えられたとして、その背後にあるはずの関係形成の原理について推測することが現時点では難しいということでもあります。

ネットワーク(グラフ)のデータから定まるラプラシアンという行列の固有値・固有ベクトルは、コミュニティ構造をはじめとするグラフの様々な構造的特性と対応しています。これは、物体を叩いて出る音のスペクトル(音の高さ・音色)が物体の形状や素材と対応しているという事実をグラフ一般に拡張したものと考えることができます。グラフ構造とラプラシアンのスペクトル(固有値分布)の対応関係を基礎として、ネットワークに対する操作がもたらすスペクトルへの影響について理論をさらに整備することで、「コミュニティ生成の原理」を考察するための基盤を作りたいと考えています。

参考文献

研究室オリジナルサイト

研究者情報

助教:小林祐一朗
学位 博士(理学)
所属学会 日本物理学会、日本応用数理学会
研究分野 社会経済物理、ネットワーク科学
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